本当の情報弱者とは何かについてよく考えます。「情弱乙w」とかいうときのその人もある面において「情弱」じゃないの?っていう突っ込みは成り立つと思うんですよね。そもそも「情報」とは何かという話なのですが。
どういうことかというと、例えば、「ビッチの髪型がまた進化しているw」とかネタにする人とか、「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」きめえw とかネタにする人って、雑誌買ったことないの?街歩いたことないの?みたいな。いくらネットのリテラシが高くても、そういう側面においては情報弱者ではないでしょうかという疑問。
具体的には、(ギャルとかギャル男とかホストとか)雑誌に載っているのと同じくらい激しい人は結構街を歩くとふつうに見られるのですね。一時間、渋谷や原宿や新宿を歩くとものごっつい激しい人と一人くらいは出会うものです。
でも、そういうことをネタにする人たちって、そういう出会いが全くないんだなぁと思う訳です。もちろんネタとしては面白いことは確かだし、雑誌を面白くするためのネタ的な過剰な表現であることは確かですが(さすがに編み込みで鳥かごは作っている人は見たことない)、ガイアのお兄さんくらいの人ならぜんぜんいる、というかヴィジュアル的にはあのお兄さんは普通…で。
投下されたわかりやすい「ネタ」文句や認識しやすい一部分切り取られた「ネタ画像」になって初めてそれらのことを認識できるのだなぁと思うのです。大きな駅に行けば、ギャルやギャル男くらいたくさんいますよという。画像は確かに面白いですが、リアルの体験にはおよびません。ネタ画像は所詮ネタ画像。 109②でお洋服を手に取って見てみたらどうでしょう。週末の竹下通りに行ってみたらどうでしょう。トルネードマートで接客を受けてみたらどうでしょう。ラフォーレ原宿のセール最終日に行ってみたらどうでしょう。そう、思うわけです。それらの体験に比べたら雑誌の文句なんて情報量としてはカスです。
そういう意味でどっちが「情弱」だろう?って疑問に思うのです。たとえば、「彼女なんて一生要らねーしw女は全員ビッチかスイーツ 死ね アニメがあればいいんだよ w」 と言っている人と、一夜限りかもしれないけれども何人もの女性のこと知っている(パソコンのことはそんなにくわしくない)ギャル男くんとどっちが「情報弱者」ですか?という問いです。少なくとも「女性」という男性が必ず向かい合う人生のテーマに対して情報強者であるのは明らかに後者でしょう。(かなり例えが極端だとは思いますが)
ネットで調べれば大抵のことは分かるし、理解できた気持ちになるけれども、本当に大切なことはネットには書いてないし、そもそも記述不可だとボクは思うんですね。(ネタであるかもしれないけれども)○○に着ていく服がねーしw とか言う人たちが情報強者だとはとても思えない。アニメや漫画のあり得ない制服のデザインとか見ても何も違和感持たずにハァハァしちゃう人たちが情報強者だとはとても思えない。
脱ヲタファッションとかあまり説得力ないしボクが嫌いな理由がまさにそこで。リアルでの経験を無視していきなりインターネットを活用してお洒落になろうとするその浅はかさが、正に情報弱者の極みだと感じちゃうのですね。「必要なことは全てネットに書いてあるフギー」「ネットで調べればなんでもわかるんだゲフゲフ」「このコーディネイトで大丈夫だって書いてあったんだ大丈夫だろJK」それがまず間違いで。
別に無理に対立させて語りたいわけじゃないし、どっちが、誰が、正しいとかそういう類の話ではないのですが、自分が情報に対して強者であるという認識がいかにモロいものか、よく考えた方がいいんじゃないかなぁって思うのでした…。
言葉の定義の問題で、リアルでの経験はともかく、ネットで手に入る情報を最大限利用する人たちのことを情報強者というならば、それはそれで良いと思います。ただボクは親切のココロから指摘をしているのです、自分のことを強者だと思っているあなたこそ弱者かもしれませんよ、という。
…と、ここまで書いて、やはり人間何かしらの情報強者であり情報弱者であると、
思った限りでありました。(もうどうでもよくなってきた)
で、そういうボクは何様だというお話でした。(ちなみにボクは情報弱者の極底辺層なのであまりいじめないでね。あまりいじめないでね(たいせつなことなので2かいいった))
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