忍者ブログ
東京心中。NINJAブログ別館。鮒。がさまざまな世の中の疲れることから逃れるために開設したブログ。果たして鮒。が幸せになる日は来るのだろうか
  • /08 «
  • 1
  • 2
  • 3
  • 4
  • 5
  • 6
  • 7
  • 8
  • 9
  • 10
  • 11
  • 12
  • 13
  • 14
  • 15
  • 16
  • 17
  • 18
  • 19
  • 20
  • 21
  • 22
  • 23
  • 24
  • 25
  • 26
  • 27
  • 28
  • 29
  • 30
  • » /10
カレンダー

08 2026/09 10
S M T W T F S
1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30

プロフィール

HN:
鮒。
HP:
性別:
非公開

リンク
最新記事
カテゴリー
フリーエリア

最新CM

最新TB

バーコード
RSS
ブログ内検索

アーカイブ
最古記事
P R

カウンター

アクセス解析
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

いわゆるバンギャとギャ男の一番の違いは、究極には麺との同一化ができるかできないか。バンギャさんはいくらがんばっても麺にはなれない。ギャ男さんはがんばれば麺(orぽいもの)になれる(バンドやっているかどうかに関わらず)。そこに両者の言葉にならない断絶がある。

そこら辺を、理解できるようになるのが大抵21歳~24歳くらいで、性的なものや人間関係が成熟してきて大抵のバンギャルさんは落としどころを自分で見つ けて、上がる。上がらないとオバンギャ乙とか言われちゃう。90年代とか絶頂期を経験している人は考え方の根本に根付いちゃっているからちょっとまた違う のかもしれないけれども。

バンギャルさんやっているうちに色んなものがルーティン化されて、特に経済力とかついてくると、麺や麺じゃない男性(つまり男性全部)との(物理的or精 神的)距離が飛躍的に縮む。そこで今まで目をつぶってきたこととか、見なかったことにしていたことに気が付いて、上がる。というような。

ただ、上がったとか上がらないというような宣言を皆がしなきゃいけないわけでもないし上がったからどうしなきゃいけなとかそういうものもないので(当たり 前だが)、ずるずるとそういう耳と目で世界を聞き続けるし見続けることになる人もいるし。ずっと上がらないっていう人も中にはもちろんたくさんいる。

そして、ずっと上がらない人その本人やその周りの人はその言葉にならない痛さを抱えて生きることになる。ネット上でいう毒女が「自分は独りでも平気だし」と言って生きているような切なさがそこにはある。

いくら本人が否定しようとしても、「女」が、ステージ上の「異性」を見ているのは事実であって、いくら開き直ろうとも、バンギャ=「女」、ギャ男=「男」であることからは逃れられない。

70歳になっても80歳になってもV系が好きというような層は、今のところほぼ100%存在しないはずになっているので、上がる、上がらないっていうよう な問題は一般論的に語るのが難しい側面がある。ただ「バンギャ」=痛いって等式がなぜ成り立つかというと、上がる人と同等数新規参入の人が常に流入してい るからだと思う。

「純粋に音楽が好きだ」ということを言う人もいるが、大抵嘘か勘違い。女性だけで構成されるようなV系のバンドが(事実いるけれども)多くの人に対して売 れないし需要がないし魅力を感じないのは、V系において「(男性)性」が重要な概念であるから。一部の人は男役、女役って設定で擬似恋愛をしたりして、逃 避する。

V系は男性が化粧をし、長髪で、痩せていて、女性的な容貌をしているといった風に、「女性性」が強調されて語られがちだけれども、実は違って、意外と欠け た「男性性」、抑圧された「男性性」が本質的な魅力だったりするように思う。女性性を求めているのならば、女性が演奏すればいいという。

「男なのにこんなに○○!」という感情がとても重い。大抵の人が25歳くらいまでに男性をちゃんと見られるようになって、もっというと父への気持ちという ようなものが成熟する。下手にキャバ嬢的ないわゆるV系のモテ系の顔が美人な人とか、逆に開き直りすぎちゃって誰からも相手にされない人とかは悲惨。


・・で、っていう



続くかも(?)

PR
本当の情報弱者とは何かについてよく考えます。「情弱乙w」とかいうときのその人もある面において「情弱」じゃないの?っていう突っ込みは成り立つと思うんですよね。そもそも「情報」とは何かという話なのですが。

どういうことかというと、例えば、「ビッチの髪型がまた進化しているw」とかネタにする人とか、「ガイアが俺にもっと輝けと囁いている」きめえw とかネタにする人って、雑誌買ったことないの?街歩いたことないの?みたいな。いくらネットのリテラシが高くても、そういう側面においては情報弱者ではないでしょうかという疑問。

具体的には、(ギャルとかギャル男とかホストとか)雑誌に載っているのと同じくらい激しい人は結構街を歩くとふつうに見られるのですね。一時間、渋谷や原宿や新宿を歩くとものごっつい激しい人と一人くらいは出会うものです。

でも、そういうことをネタにする人たちって、そういう出会いが全くないんだなぁと思う訳です。もちろんネタとしては面白いことは確かだし、雑誌を面白くするためのネタ的な過剰な表現であることは確かですが(さすがに編み込みで鳥かごは作っている人は見たことない)、ガイアのお兄さんくらいの人ならぜんぜんいる、というかヴィジュアル的にはあのお兄さんは普通…で。

投下されたわかりやすい「ネタ」文句や認識しやすい一部分切り取られた「ネタ画像」になって初めてそれらのことを認識できるのだなぁと思うのです。大きな駅に行けば、ギャルやギャル男くらいたくさんいますよという。画像は確かに面白いですが、リアルの体験にはおよびません。ネタ画像は所詮ネタ画像。 109②でお洋服を手に取って見てみたらどうでしょう。週末の竹下通りに行ってみたらどうでしょう。トルネードマートで接客を受けてみたらどうでしょう。ラフォーレ原宿のセール最終日に行ってみたらどうでしょう。そう、思うわけです。それらの体験に比べたら雑誌の文句なんて情報量としてはカスです。

そういう意味でどっちが「情弱」だろう?って疑問に思うのです。たとえば、「彼女なんて一生要らねーしw女は全員ビッチかスイーツ 死ね アニメがあればいいんだよ w」 と言っている人と、一夜限りかもしれないけれども何人もの女性のこと知っている(パソコンのことはそんなにくわしくない)ギャル男くんとどっちが「情報弱者」ですか?という問いです。少なくとも「女性」という男性が必ず向かい合う人生のテーマに対して情報強者であるのは明らかに後者でしょう。(かなり例えが極端だとは思いますが)

ネットで調べれば大抵のことは分かるし、理解できた気持ちになるけれども、本当に大切なことはネットには書いてないし、そもそも記述不可だとボクは思うんですね。(ネタであるかもしれないけれども)○○に着ていく服がねーしw とか言う人たちが情報強者だとはとても思えない。アニメや漫画のあり得ない制服のデザインとか見ても何も違和感持たずにハァハァしちゃう人たちが情報強者だとはとても思えない。

脱ヲタファッションとかあまり説得力ないしボクが嫌いな理由がまさにそこで。リアルでの経験を無視していきなりインターネットを活用してお洒落になろうとするその浅はかさが、正に情報弱者の極みだと感じちゃうのですね。「必要なことは全てネットに書いてあるフギー」「ネットで調べればなんでもわかるんだゲフゲフ」「このコーディネイトで大丈夫だって書いてあったんだ大丈夫だろJK」それがまず間違いで。

別に無理に対立させて語りたいわけじゃないし、どっちが、誰が、正しいとかそういう類の話ではないのですが、自分が情報に対して強者であるという認識がいかにモロいものか、よく考えた方がいいんじゃないかなぁって思うのでした…。

言葉の定義の問題で、リアルでの経験はともかく、ネットで手に入る情報を最大限利用する人たちのことを情報強者というならば、それはそれで良いと思います。ただボクは親切のココロから指摘をしているのです、自分のことを強者だと思っているあなたこそ弱者かもしれませんよ、という。

…と、ここまで書いて、やはり人間何かしらの情報強者であり情報弱者であると、
思った限りでありました。(もうどうでもよくなってきた)

で、そういうボクは何様だというお話でした。(ちなみにボクは情報弱者の極底辺層なのであまりいじめないでね。あまりいじめないでね(たいせつなことなので2かいいった))
我々は、日常哲学的な話をしていないのに、
人に「哲学的ですね」と言われる場面に多く遭遇する。

まず第一に、「哲学的」とは何かという問題であるが、
哲学が扱う諸問題の範囲は広く、「哲学的」なもの以前に、「哲学」自体の定義も難しいものがあると考える。

哲学の話をしていないのに、「哲学的ですね」と相槌を打たれると、「あ、今言ったことってそんなに哲学的かなぁ汗」などと考えてしまうわけである がよくよく考えるとあまり哲学的なことは言っていない場合が多いのである。哲学を体系的に学んだとか哲学的思考方法を身につけている哲学に超詳しい的人者 に「哲学的ですね」などと言われる場合説得力があるというか会話に新たな切り口での問題提起をしていると考えることもできるし結構怖いと思う。しかしなが ら、経験上「哲学的ですね」という言葉を発する人は哲学についてあまり詳しくない人が多い気がする←

哲学の話をしていないのに「哲学的ですね」と哲学にあまり詳しくない人間に相槌を打たれると、この人は思考を放棄しているのかと考えてしまうのである。なぜならば哲学的な話をしているわけではないからである。

哲学の話をしていないのに「哲学的ですね」と言われる違和感についての簡単な例は例4から14まで示してある。

では逆に、今とてもとても哲学の話をしてると仮定してそれに対して「哲学的ですね」と相槌を打つ行為はどうだろうか。やはりあまり意味がないというか会話にとって無意味な相槌だ。どういうことかというと、

実際にある場面を想像してみる。

例1、
「大学卒業までにさーニーチェとカントとヘーゲルは読んでおこうと思うんだ。せっかく図書館が無料で利用できるんだしさ。」

「哲学的ですね。」←

「(あ、いや、哲学的ていうか、哲学の本の話しているんだけれども・・・てか哲学の本だって分かったから今哲学的ですねって言ったのだよねあれれ('A`))」

とか


例2、
「オイラーの公式ってすごいよなぁ・・・」

「数学的ですね」←

「(あ。いや、数学の話なんだけれど。てかオイラーって聞いて数学ってわかってるじゃん。数学的じゃなくて数学じゃん・・・('A`))」


み た い な 。 み た い な (^ω^)← 。

だから、哲学の話をしていて、「哲学的ですね」という行為はあまり意味を成さない。


こういうのは分からないでもない↓、

例3、
「自己と他者との境界、自己と他者の関係性、そういうことについて考えてるんだ最近」

「哲学的ですね」

これは良い。(と思う)


あ、そう、だから、哲学の話をしていないのに、哲学的ですねと言われるとすごく違和感感じちゃうよねっていうお話。哲学の話をしていないのに「哲 学的ですね」って言われちゃってちょっとムッときた場合は「あなたがそこに存在するという存在了解的意味での私の思考も哲学的と言えるかもしれません」と か言い返そう(テキトー


↓こういうのと変わらない違和感を受けるわけだ、よーするに。いや、こんなこと言われたことはないけれども。

例4、

「私ワインとチーズが好きなんです」

「醸造学的ですね」

「(いや、醸造学は関係なく好みの話なんだけれどもなぁ・・・('A`))」

とか

例5、

「あー痩せたい!!ダイエットダイエット!」

「栄養学的ですね」

「(いや、栄養学はともかくただ痩せたいだけなんだけれどもなぁ・・・('A`))」

とか

例6、

「オレ結構車が好きなんだ」

「機械工学的ですね」

「(いや、あ、うん、どうなんだろう・・・('A`)いや、機械工学はともかく単純に車のフォルムが好きってだけなんだけれども・・・)」

(あ、でもこれだと似非車ファンかなヨクワカラン)

とか

例7、

「お小遣い減らされちゃったよ・・・(´・ω・`) 」

「経済学的ですね」

「(・・・(´・ω・`)そうなのか? )」

とか

例8、

「あーハトが飛んでるー!あんなところにとまったよーほらほらーみてみてー」

「流体力学的ですね」

「(あ。いや・・・。鳥の飛び方とかそういう話したいんじゃなくて・・・('A`)」

とか

例9、

「ちょっとトイレ行ってくるね」

「生理学的ですね」

「(余計なお世話だよ・・・('A`)」

とか

例10、

「マリみての新刊来月発売なんだよー」

「文学的ですね」

「(あ、うん、そうなのかな・・・)」

とか

例11、

「新しいマックブック超薄いの見た?あれすごいーお洒落だしー絶対売れると思う〜」

「計算機科学的ですね」

「(あ、いや、・・・そういう話をしたいわけでは・・・)」

とか

例12、

「なんかさ、ほら、インテリアとかこだわってさ、照明とか凝っちゃってさ、女の子家に呼んじゃったりとかしてさ、お洒落オレマイルームみたいのやろうとおもうんだ なぁどうおもう?」

「建築学的ですね」

「(う、うん( 'A`)何か違う・・・)」

例13、

「あたし、あたると怖いからあまり食べないけれども生カキ結構好きなんだよね〜」

「水産学的ですね」

「(('A`)あ、いや、ただの好きな食べ物の話なんだけど)」

例14、

「ほら、何かシルヴァーのアクセも良いけどさ、ゴールドのものも欲しいなぁ」

「材料工学的ですね」

「(いや、工学は関係ないんだけれど・・・('A`))」



てなわけでキリが無いので略

今度から「○○学的ですね」って積極的に言おうっと(^ω^)←これが言いたかった(テケトー。

あまり深い意味はなく自分のわからない何か哲学ぽい表現が出てきた場合「哲学的」って言うんだよね。いいんだべつに。

どうも、一般的に哲学や、心理学は変に誤解される傾向があるようである。
あと医学ってのもなんかこぉ医学的とかいわれると信じちゃう的なの多いようである。

まぁいいたいまぁいいたい。
───俺の名前はユータ。頬に傷を負った企業戦士。
一匹狼でそこら辺の女には興味ないチェリーボーイ
俺がつるんでるダチはイケメンのミキオ、
会社にナイショでシャブをやっているユウヤ。
訳あって不良債券を背負っているアキラ。
ダチがいてもやっぱり会社はタイクツ。
今日もミキオをちょっとしたことでぶん殴っちまって社内大騒ぎ。
野郎同士だとそんなこともあるからストレスが溜まるぜ。
そんな時俺は一人で繁華街を歩くことにしている。
それが俺だけの時間ってやつ?男らしさを高める修行でもあるかもな。

「あー牛丼食いてぇ」

そんなことをつぶやきながらしつこいキャッチを軽くあしらう。
「おっぱいいかがすかー?」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。
風俗の勧誘のホスト風ギャル男は髪型がみんな同じだし、軽そうでキライだ。
もっと実はたくましい俺のイチモツも見て声をかけて欲しい。

「すいません・・。」

・・・またか、とちょい悪な俺は思った。シカトするつもりだったけど、
チラっとキャッチの男の髪の毛を見ると…こいつは違う!

「・・・!!
・・・チガウ・・・今までの整髪剤とはなにかが決定的に違う。

(・・・これってワックス・・・?)」

ヤツはゲイだった。連れていかれてレイプされた。

「ウワーやめろー!」

新整髪剤をキメた。「シュッ!シュッ!」

「やめてくれーオレはゲイじゃないんだーゲイじゃないんだー!!

オレはノンケでござる!ぼ、ぼくはノンケでござるよ!!」

「シュッ!シュッ!シュッ!シュッ!」

オレはイった。

フォグバー(笑) 

Shiseido | uno
http://www.shiseido.co.jp/uno/indexp.htm

───アタシの名前は魔梨奈。ロリィタ愛好のバンギャル。実はお姫さまなの(両手を組んでもの凄い上目遣いで)
学校はパンピだらけでつまんない、援助交際をやってるミキ、学校にナイショで
キャバクラで働いてるユウカ。訳あって不良グループの一員になってるアキナ。
やっぱりパンピはタイクツ、正直くだらないって思っちゃう。
今日もミキとちょっとしたことで口喧嘩になった。音楽の趣味が合わないってストレスが溜まるよね、リップスライムなんて言われてもわからないし。
そんな時アタシは一人でおめかしして原宿へ行くことにしている。
がんばった自分へのご褒美?姫の舞台ともいえるかな!
「うさぎさんはぴょんぴょんはねてにげるんだよ、アタシはつかまえられないの・・・。」(←キチガイ)
そんなことをつぶやきながらしつこいビラ撒きを軽くあしらう。
「よろしくおねがいしまーす」どいつもこいつも同じようなセリフしか言わない。
マイナなバンドの麺はなんか必死でキライだ。もっと王子的な人が姫にはふさわしい。
「すいません・・・。」・・・またか、と夢の国のお姫さまのアタシは思った。シカトするつもりだったけど、
チラっと麺の顔を見た。
「・・・!!」
・・・チガウ・・・今までの男とはなにかが決定的に違う。「うさぎさん」はそのとき本当にアタシのカラダを駆け巡ったんだよ・・・!!ほんとうに、ほんとうに、かけめぐったんだよ!!。「・・・(王子様・・・!!・・・これって運命・・・?)」
男は某メジャバンドのギタリストだった。連れていかれてレイプされた。「キャーやめて!」ドラッグをきめた。
「ガッシ!ボカッ!」姫は死んだ。ロリータ(笑)
BACK * HOME * NEXT
BrownBetty 
忍者ブログ [PR]